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京コトはじめは節分だった

今日の京コトはじめは、鬼を追い厄を祓う節分でした。

鬼を追い厄を祓う節分

京都の旧三井家下鴨別邸から中継していました。

旧三井家下鴨別邸は、明治・大正時代に建てられたもので、王将・旧三井家による建物は、近代京都の別邸建築を知る貴重な建造物として国の重要文化財に指定されています。

今日のゲストは、能楽師狂言方の茂山逸平さんでした。

今回のテーマは、京都の節分でした。

ひもときポイントは、厄をはらい福をもたらす豆、鬼は厄の象徴、京都ならではの節分行事の3つでした。

節分 厄を祓い福をもたらす豆

最初のポイントは

「厄を祓い福をもたらす豆」

です。

節分の為に煎った大豆は、福豆と呼ばれます。

煎った豆を使うのは

「いる」

と言う発音が鬼を射ることに繋がるからだとされています。

2月3日の夜、京都の家々で豆がまかれます。

豆には家に取り憑いた邪気を祓う力があると考えられてきました。

「鬼は外、福は内」

は、災いをもたらす鬼を追い出し、幸せをもたらす福の神を招き入れます。

節分は本来、春夏秋冬を季節が始まる節目の前日を指しました。

しかし今では、冬から春に変わる2月3日のことを指します。

旧暦では、春は新年の始まりとされた為、2月の節分はちょうど1年の終わりの日にあたりました。

京都の伝統的な節分の風習

創業130年を越える和菓子店は、京都の伝統的な節分の風習を今も続けています。

「焙烙」

と言う素焼きの皿で豆を煎ると熱が緩やかに伝わり香ばしくなるそうです。

煎った豆を夕方まで神棚に供えます。

こうすると豆に神様の力が宿ると考えられてきました。

夕方になると神棚から豆を降ろし家族で取り分けます。

1度に自分の年と同じ数だけ掴むことができれば縁起が良いとされています。

豆を年の数より1つ多く食べるのも古くからの決まりごとです。

次の1年、無事に年を取れるようにと言う願いが込められています。

豆をまくのは、家族の中の男たちの役割とされてきました。

鬼を家の外に追いやり、災いのない1年となるよう祈願します。

家と家族を守る為の営みです。

京の都に古くから伝わってきた行事です。

節分について

節分について、 茂山さんは、

「うちの豆まき変わってるなと思いました。うち鬼は外福は内って言った後扇で、ごもっともごもっともってするんですよ。昔からなんですけどあんまり誰に聞いてもあやふやな返事しか無い」

など話しました。

豆まきついて、佛教大学の八木透さんは、

「今言われているのはおそらく中国から伝わったもので室町時代にはやっていたであろうと言うことがある程度わかっていますけど、もしかしたらそのもっと前からあったのかもしれない。ほとんど記録に出てこないので歴史的にはよくわからないです」

など話しました。

福を呼び寄せるときにも豆を使う理由について、八木さんは、

「私が思うのは豆ってすごいエネルギーの塊でしょ。豆って生命の源なんだと思いますね。だからこそ神が宿ってそこから新しい命が芽生えるという豆の呪力みたいなものから福を呼び寄せるというイメージが作られたんじゃないでしょうか」

などと話しました。

恵方にいる神をまつる恵方社

京都市中京区の神泉苑から中継しました。

今日は、節分祭が行われています。

テントの中は1年の厄を祓おうと、護摩木に名前を書いて奉納する人で賑わっています。

恵方巻きは、その年の縁起の良い方角を向いて無言で食べることができたら願い事が叶う巻き寿司です。

今年の恵方は、南南東です。

神泉苑には、恵方に深い関わりのある社があります。

それが恵方社です。

鳥越住職に話を聞きました。

恵方とは、歳徳神、つまり恵方神がおいでになる方向です。

この社は、その神様をお祀りするする為の社です。

恵方は、陰陽道の考え方に基づいて毎年変わります。

位置が変わる神様を祀るため恵方社を毎年回しているそうです。

八木さんは、

「恵方は陰陽道の暦があって毎年決まってるらしいんです。恵方に歳徳神がおられると言うので本来初詣は恵方にある神社に参るのが初詣だったんですね」

などと話しました。

節分 鬼は厄の象徴

鬼は厄の象徴です。

語源は

「隠・おぬ」

です。

人が抗うことが出来ない力を鬼の姿に表しました。

節分は、冬と春の変わり目です。

災いをもたらす鬼が出やすいと考えられました。

吉田神社は、2月2日からの節分祭に昼夜をとわず参拝者が訪れます。

鬼門は鬼が出ると言い、その社として吉田神社が創設されました。

2月2日の儀式は鬼をおいやる方相氏が厄を祓います。

吉田神社は、それを再現する儀式を行います。

追儺保存会の藤村さんは、指導に熱が入ります。

式に参加する保存会メンバーの中に子どもたちもいます。

式には、3匹の鬼が登場します。

赤鬼が怖いほど厄払いの効果があります。

平安時代の儀式を再現した吉田神社の式が始まります。

方相氏が本宮へ到着すると赤鬼など怒り、悲しみ、苦しみの象徴の3匹の鬼が姿を表します。

方相氏が子どもたちと共に鬼を追い祓います。

弱っていく鬼は、鳥居の外に逃げ出します。

殿上人が矢を放ち、鬼を遠くにおいやる京都の厄を祓う儀式です。

鬼を祓う力を持つ方相氏

スタジオでは八木さんが式について、

「厄を払う儀式が宮中で行われその中心が方相氏で中国から伝わった」

と話し、目が4つであることが特徴です。

「方相氏は、人類のために戦うヒーローだが、後々方相氏が鬼ではないかと勘違いされる」

と話し、

「気の毒な存在だ」

と八木さんは方相氏について解説をしました。

八木さんは、

「生霊や地震、天皇や貴族に従わない異民族や豪族を鬼というレッテルを貼ったと言うことで討伐のきっかけ」

と話し、

「天災や疫病神を鬼としていたが、そのうち外部のものに鬼というイメージを作った」

と鬼や鬼女伝説、般若について語りました。

茂山さんは、

「能や狂言で鬼について違いや物語を伝え、時代と共に鬼に投影するものが変化していると、江戸時代は鬼に代わって幽霊が怖くいモノとしてクローズアップされた」

と鬼の歴史について伝えました。

京都ならではの節分行事

京都の節分行事を紹介しました。

北野天満宮は、節分に狂言が演じられ1年の安寧を念じます。

壬生寺は、民俗芸能の狂言が上演され、節分を題材とした演目で鬼を追い祓います。

寺の厄払いの風習

「炮烙」

は、参拝者が家族の年齢などを書き記し寺に奉納します。

節分の時期の炮烙は、およそ1万枚です。

奉納された炮烙は、春の狂言の舞台で割られて奉納した人の厄が落ちます。

八坂神社は、舞妓による舞踊奉納が行われ、その後豆まきで鬼を追い祓います。

さらに宮川町のお茶屋は、

「芸子が歌舞伎役者に扮して、節分に仮装して別人になり、災害からのがれられると庶民で広められた」

と女将が芸について語りました。

京都の節分行事

京都の節分行事について、旧三井家下鴨別邸でトークしました。

茂山さんは、

「千本釈迦堂でこの後奉納する」

と話し、節分の狂言について、

「鬼を退散させる為に仏と一緒に女性の仏さんが出て来て笑ったら鬼が腰砕けて島へ戻って行くと、良いものに転ずる話が多い」

と話しました。

八木さんは、

「福知山市の大原神社の節分祭は鬼は内、福は外と言い、鬼に人の為になることをすべきと会心し、村人に福を授けることになった為にそういうふうに言う」

と話しました。

節分に歴史がある京都なので、多彩な行事があります。

八木さんは節分について、

「1年でいちばん時間の裂け目ができる日だと季節のかわりめで体調を崩しやすい季節」

と話します。

茂山さんは、

「鬼の顔がヒーローと言うことなど京都に住んでいながら知らないことがたくさんあった」

などと話し、

「節分の日は恵方巻き、いわし、歳の数の豆を食べる」

などとトークしました。

Twitterでの京コトはじめでやってた節分への反応

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