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昨日の林修のニッポンドリルで羽田空港を特集してた

昨日の林修のニッポンドリルで、羽田空港を特集していました。

異例の撮影許可を得て空港管制塔に潜入

飛行機が大好きな遠藤憲一さんと元JAL職員の戸崎肇さんが羽田空港のヒミツに迫りました。

かつてはアナログだった搭乗手続きですが、1997年に自動チェックイン機が導入されました。

そして、昨年3月には非接触型自動チェックイン機が登場しました。

また、昔はチェックインカウンターと並んで混雑の原因となっていた手荷物カウンターですが、現在は自動手荷物預け機が導入され、たったの30秒ほどで手続きが可能となっています。

持ち込む荷物をチェックする保安検査は、1970年に起きた日本初のハイジャック事件から始まりました。

CTスキャンで荷物検査

JALでは、今年の夏に初の機械を導入しました。

CTスキャンで360度X線画像を確認できるようになり、これまでバッグから出さなくてはならなかった飲み物やパソコンを出す必要がなくなりました。

搭乗ゲートまで自動運転してくれる最先端マシン

空港内での移動が大変だという声から、日本で初めて動く歩道が設置されたのが羽田空港です。

今では搭乗ゲートまで自動運転してくれる一見車いすのような最先端マシンが導入されています。

このマシンは予約不要で無料で誰でも使うことができます。

搭乗ゲートまで送り届けた後は、自動で元の位置に戻ってくれます。

最新型案内ロボJET

羽田空港では、24時間稼働の掃除ロボットなどさまざまなロボットが大活躍しています。

現在は、JALが独自に開発した最新型案内ロボJETの実証実験が進んでいます。

JETは、これまでの案内ロボと違って、設置場所に行かなくてもロボットの方から来てくれます。

世界初導入の自動翻訳搭載マスク

羽田空港には世界で初導入となった最新サービスがあります。

それは、自動翻訳が搭載されたマスク、C-FACEです。

マスクの内側に超小型マイクがついていて、話した日本語が即座に外国語でモニターに文字化され、さらに音声まで出ます。

現在は、8カ国語に対応しています。

将来的には、100カ国語話せるようになるそうです。

第1格納庫

風間俊介さんと元JAL職員の戸崎肇さんの2人は、JALメインテナンスセンターを訪れ、JAL全面協力の下、通常は立ち入れないエリアに潜入しました。

まず、第1格納庫へ潜入しました。

2~3年に1度の定期点検を行う場所で、航空機の座席などが置かれていました。

日常的な運航に関する整備を行っている場所です。

格納庫の奥には1996年にビートルズが来日した際の機体の一部が置かれていました。

内部は日本のおもてなしを体現した応接間のような空間が広がっていて、シートには最高級の西陣織が使われていました。

さらに、超一流画家の前田青邨が描いた国宝級の日本画もありました。

内装には、現在は燃えやすい素材として禁止されている障子が使用され、灰皿もありました。

最新鋭機エアバスA350機内

続いて風間俊介さんと元JAL職員の戸崎肇さんの2人は、最新鋭機のエアバスA350の機内へ潜入しました。

ファーストクラスの座席には、マッサージ機能を搭載したイスが置かれ、国内線としては初めての全席に個人モニターが設置されています。

JALスカイミュージアム

続いて風間俊介さんと元JAL職員の戸崎肇さんの2人が訪れたのは、JALスカイミュージアムでした。

機内食がどのような進化を遂げているのかを調査しました。

実は、日本出発便における機内食は40種類以上の機内食が用意されていて、事前に予約すれば無料で選ぶことができます。

風間さんは、エコノミークラスの機内食などを試食しました。

空港管制塔

そして風間俊介さんと元JAL職員の戸崎肇さんの2人は、空港職員でも入れないという最高峰の立入禁止エリアである空港管制塔へ潜入しました。

この管制塔では、一日約1300便の離着陸を管理しています。

管制塔内は業務中のため、入れるのはカメラのみでした。

風間さんらは別室でモニタリングしました。

飛行場管制業務を行う管制室は、360度を窓に囲まれた円形の部屋です。

管制官は国家公務員ですが、国家公務員試験の中でも超難関と言われています。

羽田空港の管制塔は日本一高いそうです。

その理由は、滑走路が日本最多の4本もあるためです。

1つの滑走路に対して管制官2名体制で対応しています。

飛行場管制シミュレータ

風間さんらは、飛行場管制シミュレータという場所で行われている管制官の訓練を見学しました。

バードストライクが起こった場合の対処なども訓練しています。

羽田空港最大の危機を救った奇跡の策

羽田空港には度重なる危機があったと語る元国交省職員の唯野邦男さんと遠藤憲一さんが羽田空港のヒミツに迫りました。

羽田空港は大田区の4分の1を占めます。

しかし、初期の羽田空港は現在の30分の1ほどしかありませんでした。

3回にわたる大規模拡張工事の末、現在の形になりました。

大量の水分を含んだヘドロ

海を埋め立てて東京ドーム180個分の巨大滑走路をつくる拡張工事計画には大きな問題がありました。

海を堰き止めて現れた地表は、大量の水分を含んだヘドロが蓄積したものでした。

一度入ると抜け出せない底なし沼だったのです。

自然に水が抜けるまで1000年かかると言われました。

そこで、当時の最先端技術のペーパードレーン工法を投入し、東京ドーム8杯分の水を抜くことに成功しました。

しかし、ヘドロ層の水を抜き切ったものの地盤が軟弱だったため、飛行機の重みで徐々に沈んでいくことが判明しました。

そんな中、元運輸省の佐藤勝久さんがとんでもない方法を思いつきます。

軟弱な地盤を補修する思い切った方法

羽田空港の拡張工事で地盤が軟弱だったため、飛行機の重みで徐々に沈んでいくことが判明した中、舗装のスペシャリストである佐藤勝久さんが、地盤が沈んだ場合に地面を油圧ジャッキで持ち上げて空いた空間にセメントを流し込むという方法を思いつきます。

実験が成功し、1993年、新羽田空港のオープンにこぎ着けました。

オープン以来、佐藤さんが考案したジャッキを使った修復は、現在までに10回行われています。

Twitterでの林修のニッポンドリルで特集した羽田空港への反応

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