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カンブリア宮殿でクリスピードーナツを特集してた

昨日のカンブリア宮殿で、日本流改革で驚異の復活を遂げたクリスピードーナツを特集していました。

挫折からの大奮闘 再起をかける外資系企業

サブウェイ

サブウェイは、マクドナルドを抜いて世界で店舗数が一位です。

1992年に、日本に初上陸しました。

人気の理由は、野菜たっぷりのヘルシーさで、特に人気なのは腸活サンドチキンandチーズです。

健康志向向けの商品になっています。

今は好調のサブウェイですが、かつては苦境に立たされていました。

店舗数は、最盛期の半分以下に激減しましたが、その苦境を乗り越えられたのは、日本オリジナル商品にありました。

あんこの入った商品などが客の心をつかみ、売上を伸ばしています。

日本で生き残るために、日本流の独自改革は不可欠だそうです。

再上陸で成功する外資系企業

バーガーキングは2001年に、そしてイケアは1986年に一度日本を撤退しました。

その後、再上陸し、商品を日本向けにリニューアルして成功させました。

さらに韓国の自動車メーカーのヒョンデは、新型EV車をひっさげ今年再上陸しました。

FOREVER21も、価格やターゲットを変更し来年再上陸します。

クリスピードーナツ

15年ほど前に東京都新宿にでき、一大ブームを巻き起こした商品を販売していたのは、クリスピードーナツです。

2010年に名古屋に初出店しましたが、その際は10時間待ちの人気となりました。

並んだ人に無料でドーナツを配るサービスも話題になりました。

しかしブームは、嵐のように過ぎ去り、全国に64店まで拡大していた店は減少し、2017年には44店舗に激減しました。

また最大で8億円の赤字を計上するなど、日本進出は失敗したかに思われました。

しかし、今年8月にクリスピードーナツ 東京国際フォーラム店がオープンし、店は大繁盛していました。

そのドーナツが出来上がる様子を見ることが出来、その看板商品のオリジナル・グレーズドは、砂糖で生地をコーティングしています。

ふわふわ食感が人気で、その作り方は、誕生時から変わっていません。

粉の配合は、世界で数人しかしらない門外不出となっています。

生地を発酵させる時間など、すべてが計算しつくされています。

日本に上陸したクリスピードーナツ

クリスピードーナツは、1937年にアメリカのノースカロライナ州に1号店が誕生しました。

31の国と地域で1600店以上を展開しています。

2006年には、日本に初上陸しました。

しかしそのドーナツは、アメリカのレシピのままで甘すぎるとの声もありました。

日本初のオリジナルドーナツ

その再建の立役者は、若月貴子社長です。

その改革は、日本初のオリジナルドーナツを作ることから始まりました。

甘くないドーナツが欲しいと言われていたそうです。

試行錯誤の末にブリュレ グレーズドカスタードが誕生しました。

定番のオリジナルフレーズの表面をあぶることで苦味をプラスして感じる甘みをおさえました。

中には、甘さをおさえたカスタードクリームが入っていて、これが日本人の口にあいました。

この商品はアメリカ本部も絶賛し、日本オリジナルが世界中に広まっているそうです。

今では、攻めたドーナツとして、甘いドーナツに間にミートソースを挟み、他にもベーコンとチェダーチーズとマカロニをトッピングした甘さとしょっぱさを楽しめるハンバーガードーナツがあります。

日本オリジナル商品で再燃したクリスピードーナツの復活劇

クリスピードーナツの会議では、干支のドーナツの会議を行っていました。

試行錯誤を重ねてきましたが、日本での商品開発を一手に担っているのは入社9年目の井上さんです。

正月の目玉商品と、干支のドーナツを発案しました。

5年前から始まったドーナツは、今では最も売上が見込める期間限定商品の一つです。

この日クリスピードーナツの社員が集結し、拍手で迎えられたのは世界中でクリスピードーナツを束ねるアメリカ本社のマイク・タッターフィールドCEOです。

優れた社員を表彰し、他の国でも干支にちなんだドーナツが作られるようになったそうです。

さら人気キャラのミニオンのドーナツは、アメリカで最も優れたコラボ商品として表彰されました。

日本生まれのドーナツが世界のクリスピーに広がっています。

タッチポイントの拡大

千葉県市川市のショッピングモールには若月さんの姿がありました。

その改革で、店でしか買えなかったクリスピーのドーナツをスーパーでも購入ができるようになりました。

都内のスーパーを中心に160カ所以上で販売しています。

スーパーにとっても新規の顧客の獲得ができるというメリットがあります。

また増やしているのは、テイクアウトとデリバリー専門店です。

こうした若月さんの改革が功を奏し、既存店の売上は30ヶ月連続でプラスになっています。

店舗の推移も最盛期に迫る勢いで復活しています。

若月さんは、新しい商品を販売するにはアメリカ本社からの承認を得る必要があると言います。

日本上陸の頃は、アメリカのレシピをそのまま使用していましたが、それでは長くは食べてもらえないと思い、徐々に日本人好みの味に変更していきました。

さらにお客とのタッチポイントを増やしたという若月さんですが、

「顧客調査をした際に、不満足の理由が店が近くに無いと言うもので、店舗を出すには費用がかかるので、店舗でなくてもタッチポイントを増やすことができる」

と答えました。

組織改革に人材育成と日本流経営でV字回復

クリスピードーナツ有楽町イトシア店は、若月改革のきっかけになった店だそうです。

転職してきて2日目のことだったそうです。

当時、この店のバックヤードは、物が散乱し、ぐちゃぐちゃで不安がよぎったそうです。

どこに何があるかわからない状態で、将来駄目になると言うのを最初に感じた店舗でした。

ちょうどその頃には、売上も落ちていたそうです。

その後クリスピーは、下り坂を転げ落ちていったそうです。

若月さんは、1992年に大学卒業後に西友に入社しました。

配属されたのは、会社の心臓部である経営企画室でした。

当時の西友は、バブル崩壊後で業績が低迷していました。

生き残りに苦悩する経営陣の姿を間近にみてきました。

経営コンサルタントを経て、2012年にはクリスピードーナツに転職しました。

管理本部長として人事などを引き受けましたが、当時は日本に進出して6年目で、組織体制が不十分で、大学のサークルのようだったそうです。

オープンにあわせかき集めた飲食やアパレル出身のエリアマネージャーが、店のオペレーションから店長の育成など、それぞれ前の職場のやり方でやっていました。

幹部候補生の育成

若月さんは、若手社員にクリスピー独自の研修を受けさせ、生え抜きの幹部候補生として育て、担当する少数の店にクリスピーのやり方を伝えるスーパーバイザーとして起用しようと考えました。

しかし、居場所をなくすことを恐れたエリアマネージャーから猛烈な反発を受けました。

それでも、良くなると信じてやっていくしかないので前に進むしかないと考えたそうです。

説得をし続け、その後は副社長に昇進しました。

売り上げの減少を食い止める策

次の難題は、売上減少を食い止めることでした。

当時、地方への出店を繰り返していましたが、それは減少する都市部の売上をカバーするための策でした。

地方出店の場合、現地スタッフ育成のために仕事のできるエース社員を派遣する必要がありました。

その分、都市部の店が手薄になり、サービスが低下し客離れが起きます。

この悪循環を断ち切るために若月さんは、苦渋の決断に大量閉店を行いました。

思い切った業績回復への策

クリスピードーナツの副社長時代に若月さんは、立て直しの方針を経営会議で伝えました。

地方出店のために派遣した人材を都市部に戻し、業績の回復を図ろうとしました。

しかし、急激な変化を嫌う経営陣に反対の声が相次ました。

更に、現場からは会社を見限り大量離職していきました。

それでも、残った社員の結束は固まったそうです。

その立て直しで重要視したのは、接客サービスの向上でした。

そのために導入したのが動画のマニュアルでした。

項目は多岐に亘り、ドーナツの起き方や電子レンジの使い方などまでに亘りました。

統一されたマニュアルがあれば迷いなくクリスピー流の接客ができます。

さらにスマホを使った顧客アンケートも導入し、店員の親しみやすさや、商品を提供するスピードなどの質問で店舗ごとの改善点を洗い出しました。

こうして全店舗で接客の向上に取り組んだ結果、顧客満足度を19ポイントアップさせました。

2017年に若月さんは社長に就任しました。

若月さんの思い

若月さんは、

「入る会社が業績が傾いている場所だった」

と答え、西友に関しては、

「厳しくてもつらくても前に進むという姿勢は西友で学んだ」

と語りました。

生え抜きの若手をスーパーバイザーに育成するときについては、

「人事の方針としてやる気のある人に成長の場を与えると決めている」

と語り、

「スーパーバイザーになりたい人材を公募で集めて研修をする」

と語りました。

その研修を通し、外部の第三者の目でその人材を評価してもらい、一定の水準を満たした人だけをスーパーバイザーにしたそうです。

「公平かつ透明だと示すために、そういう仕組みの方がわかりやすいと思った」

と語ります。

接客の動画マニュアルについては、

「接客の仕方や質を統一させるためで、同じ仕組みで一気に上がっていって残り2割はそれぞれの店舗で工夫して育てていけばいいと感じた」

と語ります。

さらに、

「本当は社長になりたくなかった」

と言う若月さん。

「めんどくさいと思った」

と語ります。

しかし引き受けた理由として、

「全く知らない人が社長をするなら自分がしたほうがチームが安定し改革に臨めると思った」

と語ります。

また新しいフェーズに入ったという発言に関しては、

「今は既存店を持ち直すためのベースの中で新しく販路を増やしていく再成長のフェーズだと思っているがこれからは駄目だったものを再生するのではなくよりよいクリスピーの新しい姿を作っていくフェーズだと感じている」

と語りました。

一過性のブームはいらない クリスピーの草の根ファン作り

千葉県船橋市の公民館に地元の小学生が集まりました。

これはドーナツをより身近に感じて欲しいと言うクリスピーの地道なファンづくり戦略になっています。

ワークショップの開催

ドーナツをより身近に感じて欲しいと言うクリスピーの地道なファンづくり戦略では、自分で楽しみながら作ってもらい、より身近に感じてもらうのが狙いです。

今回は、子ども食堂などを運営するNPO法人のコハレLABOとの共同企画になっています。

こうしたワークショップを開催しています。

客とのコミュニケーション

武蔵野市のクリスピードーナツ 吉祥寺元町通り店は、テイクアウト用の箱にはThank youカードと言うメッセージカードを添えています。

多くのテイクアウト専門店で、スタッフが空き時間を見つけて手書きしています。

メッセージも微妙に変化させ、客とのコミュニケーションをするきっかけにもなるそうです。

若月さんは、

「お客にドーナツを通して喜びを届けるブランドだと思っているのでこうした活動を通してJOYを届けたいという思いが根底にある」

と答えました。

また目指している場所については、

「行列ができるとメッセージカードも作りづらく、生活の中に根付いていくブランドになっていきたい」

と語りました。

クリスピードーナツ敏腕社長の独り酒

クリスピードーナツの若月さんは、居酒屋に1人やってくるそうです。

従業員との飲みについては、

「社長になったら誘ってくれなくなってしまった」

と答えました。

村上龍の今日の総括

村上龍さんは、今日の総括に、

「すごいドーナツ好きではなかった。ただし、自社を見る目は確かだった。売上が減少していくだけではなく、現場が混乱していた。大量閉店を主導した。商品をきちんと説明できているのか、店内でゆっくりと客はくつろいでいるのか、タッチポイントを増やしたこともあり、店舗運営力が徐々に復活した。上陸した当時のように行列の絶え間ない店にしたいか。いや興味はない、ファンになった客はまた戻ってくる。若月さんは、小柄で、可憐な人だった。可憐に、ドーナツを、おいしく作っている。」

としました。

Twitterでのカンブリア宮殿で特集したクリスピードーナツへの反応

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