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日記 歴史

【秋葉原の謎】なぜラジオ店が集まった?戦後の闇市から始まった「電気街」の意外すぎる歴史をアラ還おやじが解説!

皆さん、こんにちは。

アラ還おやじです。

皆さんは今の

「秋葉原」

にどんなイメージを持っていますか?

「アニメの聖地」

「アイドルの街」

……確かにそうですね。

でも、私たち世代にとっての秋葉原は、なんといっても

「世界一の電気街」

です。

路地裏に入れば、小さな店に真空管や抵抗器が山積みになっていて、歩くだけでワクワクしたものです。

でも、ふと疑問に思いませんか?

「なぜ、秋葉原にこれほど多くのラジオ店が集まったのか?」

今日は、その面白すぎる歴史の裏側を、小学生でもわかるように優しく紐解いていこうと思います。

すべては「闇市」から始まった!

話は戦後、昭和20年ごろまでさかのぼります。

当時の日本は、戦争が終わったばかりで物が何もありませんでした。

そこで、神田界隈(今の秋葉原のすぐ近く)に

「闇市(やみいち)」

と呼ばれる自由な市場が立ちました。

ここで売られていたのは、軍が使わなくなった無線機のパーツや、ラジオの部品。

当時はテレビなんてありませんから、ラジオは唯一の娯楽であり、貴重な情報源だったんです。

GHQの「お片付け」がきっかけ?

実は、最初から秋葉原に店があったわけではありません。

神田の道路脇にたくさん並んでいた露店(屋台のような店)が、GHQ(当時の日本を管理していた組織)から

「道路をふさぐな!立ち退きなさい!」

と言われてしまったんです。

その行き先として用意されたのが、秋葉原駅の高架下(ガード下)でした。

「行くところがないなら、あそこに集まろう」

そうして、ラジオ部品を売るお店がギュッと一箇所に集まったのが、今の電気街の始まりなんです。

当時の「ラジオ」は、今の「スマホ」だった

なぜそんなにラジオ店が流行ったのか?

それは、当時のラジオが

「自分で組み立てるもの」

だったからです。

今でこそスマホは完成品を買いますが、昔は部品を買ってきて、自分でハンダごてを使って作るのがステータスでした。

秋葉原に行けば、どんなに珍しいネジ一本でも手に入る。

そんな

「工作好きの聖地」

として、街全体が成長していったんですね。

アラ還おやじが勧める「大人の再入門」

歴史を知ると、またラジオに触れたくなりませんか?

最近は、昔懐かしい

「真空管ラジオ」

のキットや、災害時にも役立つ

「超高性能ラジオ」

が人気です。

「昔を思い出して、もう一度ハンダごてを握ってみたい」

「孫と一緒に、音が出る仕組みを学びたい」

そんなあなたに、今売れているおすすめのラジオをいくつかピックアップしてみました。

  • 【憧れの音】本格真空管ラジオ組み立てキット

【中古】(非常に良い)大人の科学 真空管ラジオver.2 ※未組立

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ソニー ハンディーポータブルラジオ ICF-P27 : FM/AM/ワイドFM対応 縦置き型/ロングバッテリー/電気的チューニング ブラック ICF-P27 BC

まとめ

秋葉原にラジオ店が集まった理由。

それは……

  1. 戦後の闇市でラジオ部品が人気だったから
  2. GHQの規制で、神田の露店が秋葉原の高架下に集められたから
  3. みんなが「自分でラジオを作る」ことに夢中だったから

今のアキバも刺激的で楽しいですが、その根っこには

「ものづくり」

の熱い歴史があったんですね。

次に秋葉原に行くときは、ぜひ駅のガード下の小さなお店を覗いてみてください。

そこには、戦後から続く日本の情熱が今も息づいていますよ。

以上、アラ還おやじでした!

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