
こんにちは、アラ還おやじです。
皆さんは
「お盆」
と聞いてどんな景色を思い浮かべますか?
最近は
「帰省ラッシュが大変だから」
と時期をずらしたり、旅行に行ったりするスタイルも増えましたね。
でも、私たちの子供時代——昭和のあのお盆は、今とは少し違った
「特別な空気」
が流れていました。
今回は、あの頃なぜ私たちは吸い寄せられるように田舎へ帰ったのか、あの懐かしい夏の日々を一緒に振り返ってみましょう。
目次
汗と期待に揺られた「田舎への道」
昭和のお盆、駅は人、人、人で溢れ返っていましたね。
大きな荷物を抱え、汗をかきながら、冷房も効かないような混んだ電車に揺られる。
知らない人と肩が触れ合っても、不思議と嫌な気はしませんでした。
それは、その先に
「楽しい時間」
が待っていると分かっていたからです。
田舎の駅に降り立つと、空の色が少し違って見えました。
建物が低く、風がゆっくり流れるあの感覚。
駅まで迎えに来てくれたお父さんや親戚の顔を見て、
「今年も帰ってきたな」
とホッとしたものです。
魔法のような「おじいちゃんの家」
田舎の家は、決して新しくはありませんでした。
木造の家がギシギシと鳴り、廊下は少し暗い。
でも、玄関を開けた瞬間に広がる
「畳の匂い」
と
「お線香の香り」
に包まれると、何とも言えない安心感が胸に広がったのを覚えています。

大きな柱時計が刻むゆっくりとしたリズム。
テレビはついていても、誰も真剣には見ていない。
ただ、扇風機が首を振り、台所からはおばあちゃんたちが料理を作るトントンという包丁の音が聞こえてくる……。
特別なイベントがあるわけではないのに、ただそこにいるだけで
「自分の居場所」
がある。
そんな贅沢な時間が、あの古い家には流れていました。
親戚が集まると、家が「狭くて温かかった」
お盆になると、家の中は人でいっぱいになりました。
玄関には入りきらないほどの靴が並び、座敷にはおじさんやおばさん、そして久しぶりに会う従兄弟(いとこ)たち。
子供たちは年齢に関係なく、すぐに一緒に遊び始めました。
大人たちはビールを片手に近況報告。
家全体がひとつの大きな家族のようでした。
今のスマートな付き合いとは違う、少しお節介で、でも圧倒的に温かい
「人の密度」
がありました。
静かに心を通わせる「お墓参り」
賑やかな時間の中で、唯一、空気がキリッと引き締まるのが
「お墓参り」
でした。
家族全員で花とお線香を持って歩く道。
墓地に着くと、桶から水を汲んで石を洗い、草を引く。
子供心に
「なぜこんなことをするのかな?」
と思っていましたが、大人の背中を見ながら手を合わせるうちに、自然と教わった気がします。
「自分は一人で生きているんじゃない、繋がっているんだ」
ということを。
あの静かな時間は、家族の心をひとつにする大切な儀式だったんですね。
まとめ!あの夏の記憶は、今も心の中で生きている
時代は変わり、あの頃のような木造の家は少なくなりました。
家族の形も変わり、お盆の過ごし方も多様化しています。
でも、ふとした瞬間に思い出す
「風の匂い」
や
「セミの声」
は、私たちが大切にされて育ってきた証拠かもしれません。
昭和のお盆は、ただの休みではなく、私たちが
「自分の根っこ」
を確認する時間だったのです。
今年の夏、もし少しだけ時間が取れるなら、目をつぶってあの頃の情景を思い出してみてください。
おじいちゃんやおばあちゃんの笑顔が、今も優しく見守ってくれているはずですよ。
皆さんにとって、お盆の最高の思い出は何ですか?