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日記 昭和 歴史

あの頃、僕たちは何をしていた?昭和60年〜平成元年のノスタルジックな記憶

皆さん、こんにちは。

アラ還おやじです。

雨の日は、いつもより少しだけ静かに時間が流れる気がします。

屋根をたたく優しい雨音を聞いていると、ふと、あの

「時代の変わり目」

のことを思い出すんです。

昭和60年から、平成が始まるまでの数年間。

私たちの生活が、音を立てずに、でも確実に入れ替わっていったあの頃。

今日は、皆さんと一緒に

「あの懐かしい記憶」

の旅に出てみたいと思います。

遊び場が「外」から「家の中」へ変わった日

昭和の終わりが近づくにつれ、町の風景が少しずつ変わっていきました。

それまでは、近所の空き地でバットを振り回したり、チョークで地面に図を描いて遊んだりするのが当たり前でしたよね。

でも、いつの間にか子供たちは家の中に集まるようになりました。

そう、「ファミリーコンピュータ(ファミコン)」の登場です。

  • スーパーマリオでBダッシュを練習した日々。
  • ドラゴンクエストの「ふっかつのじゅもん」を必死にメモした夜。

「外で元気に遊びなさい!」

と言っていた大人たちも、静かに家で遊ぶ子供たちの姿を見て、どこか安心していたのかもしれません。

それが新しい時代の始まりだったのですね。

テレビと音楽が「共通の話題」だった贅沢な時間

あの頃、私たちはみんな同じものを見て、同じ歌を歌っていました。

夜、テレビをつければお笑い番組の決めゼリフで家族みんなが笑い、翌日の学校や職場はその話題で持ちきり。

  • 光GENJI:女子の机には必ずと言っていいほど彼らの下敷きがありましたね。
  • カセットテープ:お気に入りの曲を録音して、何度も聴くうちに音がこもってくるのも、なんだか愛おしい記憶です。
  • BOØWYの解散:あの衝撃を今でも鮮明に覚えている方も多いのではないでしょうか。

「サラダ記念日」

の新鮮な言葉に驚き、

「ノルウェイの森」

の赤と緑の表紙を本屋で見かけたあの空気。

それらは単なる流行ではなく、私たちの青春そのものでした。

昭和64年、わずか7日間の記憶

そして、あの忘れられない年明けがやってきます。

バラエティ番組は消え、どのチャンネルも同じニュースを伝えていた毎日。

デパートからも音楽が消え、町全体が静かに息を潜めていたような、あの独特な空気。

わずか1週間しかなかった

「昭和64年」

そのあと、テレビに映し出された

「平成」

という新しい文字。

少しずつ日常が戻ってくると同時に、消費税(3%)が導入されました。

自動販売機のジュースが100円から110円になり、1円玉が財布に増えていくことに、戸惑いを感じたことを覚えています。

時代は変わっても、続いていく暮らし

平成が始まると、子供たちは

「ゲームボーイ」

を手に外へ出かけ、テトリスのブロックを積み上げていました。

時代の名前が変わっても、自動販売機の明かりは夜道を照らし続け、私たちはカレンダーをめくって新しい日々に慣れていきました。

今、こうしてあの頃を思い出すのは、過去に戻りたいからではありません。

「自分は確かにあの激動の時代を生きてきたんだ」

と、今の自分をそっと抱きしめてあげるためなのだと思います。

まとめ

昭和60年から平成元年。

それは、私たちアラ還世代にとって、青春から大人へと階段を登っていた大切な時期です。

  • ファミコンの懐かしい音。
  • カセットテープのざらついた音質。
  • 昭和から平成へ変わった瞬間の静けさ。

皆さんの心には、どんな風景が残っていますか?

「スーパーレモン」

の酸っぱさや、

「びっくりマンシール」

を必死に集めたことなど、どんな小さなことでも構いません。

今日も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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