
やあ、皆さんこんにちは!
アラ還おやじです。
今日はアラ還おやじと一緒に、ちょっと時計の針を戻してみませんか?
あの頃、僕たちのポケットには数枚の小銭と、無限の自由がありました。
そう、昭和の
「駄菓子屋」
のお話です。
ふとした瞬間に、あの甘い匂いと古い木の匂いが混ざった空気を思い出すことはありませんか?
そう、昭和の子供たちの聖地、それが
「駄菓子屋」
です。
スマホもゲームもなかったけれど、僕たちの毎日はあのお店を中心に回っていました。
でも、よく考えてみてください。
なぜ僕たちは、あんなに毎日毎日、飽きもせず通っていたのでしょうか?
今日は、昭和の駄菓子屋が僕たちにくれた
「本当の宝物」
についてお話しします。
「ただいま」も「さよなら」もいらない、第3の居場所
学校が終わって、ランドセルを放り投げたらすぐ。
約束もしないのに、足が勝手に向いてしまう。
そんな場所でしたよね。
駄菓子屋は、家でも学校でもない、不思議な場所でした。
- 学校:先生がいて、勉強をしなきゃいけない。
- 家:親がいて、お手伝いや宿題を言われる。
でも、駄菓子屋の扉はいつでも開いていて、誰も僕たちに
「何かしなさい」
とは言いません。
ただそこに立っているだけでいい。
そんな
「何者でもなくていい時間」
が、僕たちを惹きつけていたのかもしれません。
10円玉で「人生の決断」をしていたあの頃

ポケットの中には、たった数枚の小銭。
それを握りしめて、棚の前で10分も20分も迷うんです。
「今日はこれを買うと、あっちは買えないな…」
「でも、新しいくじも気になるぞ」
大人が見れば小さなことですが、当時の僕たちにとっては人生で初めての
「自分だけの決断」
だったんです。
誰のアドバイスも受けず、自分の心だけで決める。
駄菓子屋は、僕たちが
「自由」
を練習する最初の場所だったんですね。
黙って見守ってくれる「静かな大人」の優しさ
お店の奥には、いつもおじいちゃんやおばあちゃんが座っていました。
「いらっしゃい」
とも言わない。
「早く決めなさい」
とも言わない。
ただ、静かにそこにいてくれる。
何も買わずに店を出る日があっても、怒られることはありませんでした。
あの
「放っておいてくれる優しさ」
こそが、子供の僕たちを一番安心させてくれたのです。
「何をしてもしなくても、ここにいていいんだよ」
言葉には出さないけれど、そんなメッセージを受け取っていたような気がします。
まとめ!あの日の空気は、今も心の中に。
今の世の中はとても便利になりました。
スマホ一つで何でも買えるし、どこへでも行けます。
でも、昭和の駄菓子屋にあったような
「何も求められない安心感」
は、少し減ってしまった気がします。
もし、あなたが日々の生活で少し疲れたなと感じたら、目をつぶってあの頃の駄菓子屋を思い出してみてください。
10円玉を握りしめて、ワクワクしながら棚を見つめていたあの頃。
あなたは確かに、世界で一番自由でした。
その感覚を思い出すだけで、少しだけ心が軽くなりませんか?
昭和の優しい時間、これからも一緒に語り継いでいきましょう。